公園内にある廃墟?旧日立航空機立川変電所の遺構【東京都東大和市】

管理人の little entrepreneur(@litpre_libelife)です。

 

今回は、東大和市の公園内に残る戦争遺産「立川変電所」を紹介します。

東大和南公園には、玉川上水駅から徒歩ですぐにアクセスできます。

 

 

 

公園に残る「立川変電所」の廃墟

 

公園の入口から真っ直ぐに進んでいくと広場があり、そのど真ん中に変電所の廃墟が建っています。

 

少し遠目から見ても、平和な雰囲気の公園の中で異彩を放っていることがわかります。

 

建物の表面には生々しい機銃掃射の弾痕がそのまま残っています…

 

外れかけた窓に錆びれた扉。何故こんなにも見る人の心を揺さぶるのか…

 

絶妙なバランスで建物としての状態を保っている様子は廃墟好きにはたまらない。

廃墟化するのに至る経緯を考えると、少し不謹慎ではありますが…

 

戦火の中を耐え抜いた変電所には畏敬の念すら感じます。

 

変電所の入口です。立ち入り禁止なので、できる限り近づいて撮影。

現役で利用されていた時の光景を思わず想像してしまいます。

 

 

給水塔や防護壁の遺構も残る

 

変電所の敷地内には、戦前に利用されていた給水塔や防護壁の遺構も残っており、現在は貴重な資料といえます。

 

建物の入口の横には給水塔の残骸があります。

 

この給水塔は工場全体の水をまかなう施設であり、敷地内の別の場所にありました。

歴史的価値の高い建物でしたが、老朽化によって維持するのが難しくなり、一部を切り取って取り壊されたとのこと。

そして、空襲の被害がよくわかる部分を発電所の入口の横に保存しました。

 

防護壁の一部も残っています。これは外部にあった受電施設と分離するためのものらしい。

 

太平洋戦争の犠牲者を偲ぶ慰霊碑もあります。

公園そのものは穏やかな空間ですが、こうした遺構を目にすると大戦が残した爪跡の大きさがよくわかります…

 

このように、変電所の周囲にも様々な遺構が残っていました。

 

 

かつて軍需工場があった場所

 

実はここ、今でこそ公園ですが、戦前は日立航空機の軍需工場があった場所でした。

そして、この変電所は軍需工場に送電するためにつくられた施設ということ。

 

戦闘機や機銃掃射による空襲を受けたことによって工場の多くは消滅しましたが、変電所のみ崩壊を免れました。

辛うじて原型を留めることができたのは、個人的には非常に価値のあることだと思います。

 

こうした戦争の悲劇を今の時代に伝える重要な施設として、今後も大切に保存されるといいですね。

 

今回のように一見すると平和な公園に、こんな深い歴史をもつ廃墟があるから面白いです。

以前にも、普通の公園の中に軍の遺構が残る場所に行きましたが、今回は特に迫力があったと感じます。

 

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駅周辺には米軍基地の石碑

 

玉川上水駅の付近には米軍大和基地の石碑があります。

 

実は、公園の敷地を含む駅周辺の一帯は、戦後しばらく米軍基地として利用されていました。

軍需工場の跡地も返還されるまでは、米軍基地の一部になっていたそうです。

 

残った変電所については、返還後は自動車工場に送電する目的で再利用されたとのこと。

そして、役目を果たした後は東大和市の史跡となりました。

 

戦前の軍事利用、空襲の被害から米軍基地への転用、その後の民間利用まで地域の歴史を見守ってきた施設といえますね。

 

今回は普通に公園を散策しただけですが、変電所の存在感に圧倒され、気がつけば無我夢中でシャッターを切っていました笑

遺構そのものが持つ歴史を存分に感じられることも、廃墟の魅力のひとつだと思います!

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2 件のコメント

  • あの日の酷い記憶は、まだこの建物の心の底にあるのかしら。きびきびと働いていた電気の技術者たちの何人かは壁を貫通した機銃掃射の弾に当たって命を落としたそうですね。
    やがて穴だらけの戦跡も記憶を失って、永遠の眠りに就かせてあげたい気持ちもあれば、廃墟を愛する人たちにはずっとそこに居て欲しい気持ちもあるでしょうね。戦跡ってなんだか複雑で不思議。
    ここは確か、毎月に一度くらい時間決めで一階内部を見学できるはず。
    東大和市のホームページ見てみて。

    • somewhere様
      コメントありがとうございます!

      かつてはここで働いていた人たちがいて、空襲で失われた命があった。
      そんな悲惨な歴史でも語り継ぐのは大切なことだと思います。
      穴だらけの変電所は見る人に訴えかける何かがありました。

      廃墟となったいきさつを考えると「負の遺産」といえますね。
      ただ同時に、こういった過去に思いを巡らす時間は貴重だなと感じます…
      複雑な気持ちにはなりますが、遺構を保存する意義は大きいのかなと。

      ホームページ見ました!一階内部見学できたんですね。
      調べるのを忘れていたのは不覚でした(笑)
      情報を教えて頂き、ありがとうございます(^^)

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    「さとり世代」と呼ばれる若者です。 なんでもやりたがり屋な性格のため、現在は投資を中心として、いろいろなことに挑戦しております。 人生の目標は、自分らしく自由に生きること! 趣味:読書、廃墟探索、史跡巡り、音楽鑑賞、サッカー観戦、英語学習 投資:FX(外国為替証拠金取引)、仮想通貨、インデックス投資、ETF(上場投資信託)