自己否定感が強い人は足し算の考え方を持つと改善・解消できるかも?

管理人の little entrepreneur(@litpre_libelife)です。

 

以前から自分を悩ませるのが、いつの間にか心に住みついていた強い自己否定感です。

これは事あるごとに内面から生じるので、厄介なことこの上ない。

 

なんというか、どの共同体に属しても周囲と物の見方に大きな違いがある。

それでも、孤立したくないから人受けする人格を演じてしまう。

虚勢を張らなければ周りの人に受け入れられない自分に劣等感があるということ。

 

共同体に参加し続ける限り、素の自分を隠さないと周りから白い目で見られそうで怖い。

どこに行っても少数派の考えでアウェー感があるような感覚です。

(だからこそ、ブログに救われている部分はあるかも…)

 

世間とのズレに悩んでしまったり、何かに取り組む時に成功するイメージが思い浮かばない。

今回はそんな自己否定感の強い人が生き易くなるにはどうすればいいか考えました。

 

どんな人に読んで欲しい記事か
  • 自己否定感が強く物事をプラスに考えることが難しい
  • 今の自分を受け入れることができない
  • 世間の目が気になり、周囲との価値観の違いに悩む人

 

 

物事を足し算で考えてみる

 

自己否定をしてしまう人は恐らく、自分ができなかったことや過去に失敗したことに目を向けがちなんだと思います。

 

しかし、よくよく考えてみて下さい。

何かに挑戦して失敗した時や躊躇してできなかった時、前者は何らかの教訓が残り、後者は得るものはなくとも何も失ってはいないんです。

 

いずれの場合も実は後退をしているわけではないんですよね。

だから、必要以上に自分を追い込まず少しずつでもプラスにしていけばいいんだと思います。

 

私も語学や投資などを実践しながら学んでいますが、未だに何も成し遂げられていません。

 

前に進めない時は、マイナスではなくプラマイゼロ、少しでも新しい何かを得られたらプラスと捉えてみる。

そうすれば、物事を全て足し算で考えられますね。

 

精神論と言ってしまえばそれまでなんですが、自己否定感を抱え込むよりはいいのかなと。

 

 

すぐに完璧を目指さないこと

 

自己否定感が強まる理由の一つに完璧主義があると私は思います。

 

以前の記事に書いたように、完璧主義は自分も周りも窮屈にします。

参考:

完璧主義をやめると生きるのが楽になる?皆を疲れさせる二分法的思考という病気の治し方

 

完璧主義の厄介なところは、満たされない気持ちが自分や他人への否定に向かうことです。

その怒りの矛先が他人に向かうのは論外ですが、自分に向かってしまうのは辛いですよね。

 

何も成し遂げられない自分に嫌悪感を覚えてしまう。

かといって、簡単には変わることができない。

すぐに目に見えた結果を求めるがゆえに、発展途上にある今の自分を受け入れることができないんだと思います。

これは僕自身も常日頃から悩んでいることなんですが、現時点では考え方を工夫するしかなさそうです。

 

解決策として考えられるのは、とりあえず成果については一旦置いておき、将来のためにできる行動の試行回数を増やすことかなと。

何かに情熱を捧げている間は、他の煩わしいことを忘れているはず。

 

ただ、たとえ好きなことでも何かに集中するのって意外と難しいものなんですよね笑

自分がハマっていることが人から見たらどんな風に思われるかとか。

その時間が終わってしまったら、いつもの退屈な日常に戻ってしまうとか。

余計な雑念を全て廃して熱中するのって実は並大抵のことではないし、そういう意味では好きなことを楽しめるのも立派な才能なのかなと。

 

いずれにしても自由な時間は、自分や親しい人たちが楽しいと思えること、将来のためになること等に熱中できるといいですね。

 

余計なことを考える前にとにかく行動、そして疲れたら休む。

シンプルだけど、この繰り返しが人生を充実させる、そんな気がします。

 

 

意味ないことはないと考える

 

以前の記事で歳を重ねていくごとに、物事に何かと意味を求めてしまう悩みについて書きました。

 

参考:

歳を重ねるにつれ、物事にやたらと意味を求めるようになってしまう辛さ

 

世間一般で「意味がある」とされることに興味を持てない人は価値観のズレに苦しむかと思います。

これには、社会でヒエラルキーの上に立つ人たちがつくりだした枠組みを気にしてしまうことも原因の一つでしょう。

 

納得していなくても表面上は従うのは、その方が楽で不愉快な思いをしないから。僕だってそうです。

ただ、それをやると自分の本心とズレが生じてなんだか満たされない。

 

でもさ、本当は答えって出ているんですよね…

自分にとって意味があるか

結局はコレに尽きると思います。

 

もちろん、反対に自分が「意味ない」と思うことでも、それが大切だと考える人もいます。

だから、自分の考えを他人に押しつけないこと。

これができない人が他人を傷つけるんだと個人的に思います。

 

ただ、他人を否定する人たちの考え方ってそう簡単には変わらない。

そのため、もし否定されたら不愉快だけど思慮の浅い人なんだなと心の中で思いましょう。

間違っても相手の言葉に負けて自己否定感を持たないように!

 

自分が「意味ある」と思ったことは、自分にとって間違いなく意味があることです。

(冷静に考えたら、当たり前のことですねw)

 

そもそも、世の中に意味のないことなんてないんですよ。

大多数の「みんな」が決めた「意味」にとらわれているだけで。

物事の「意味」は人の数だけあると私は考えます!

 

 

自己否定感は単なる思い込み

 

ここまで記事を書いている間にふと気づいたことがあります。

それは、実のところ自己否定感は単なる自分の思い込みなんじゃないかってこと。

 

よくよく考えると、世間で大多数の人が共感することが大きな声になるのは当たり前のことなんですよね。

当然ですが、大きな声は影響力も強い。

だから、共感できなくても気になってしまうのは仕方のないことなのかもしれません。

 

結局、間に受けて自己否定感を持ってしまうのは、自分の受け取り方が原因なのかなと。

また、人目を気にする人が多い社会で生活していることも一因でしょう。

 

何をするにも他人の基準を意識する人が多ければ多いほど、人目を気にし合う窮屈な空気が醸成されます。

 

そこで、気にするか気にしないかを選ぶのは自分なんだと思います。

世間の目を気にして自分を否定するのは非常にもったいないことです。

自己否定感と世間の目は密接に関係しているといえますね。

 

ただ、世の中に自分ができないことをできる人がたくさんいるのも当然のことであり、気にしたり比較する必要はないです。

結局、「他人の目」を意識した瞬間、不自由な人生になることは間違いない。

 

人からの承認を希求するより、今の自分ができることに時間を費やす。

どんなことでも自分で決めた目的に向かって進んでいる限り、たとえ停滞することがあっても後退はしないんですよね。

ここでも足し算で考えることができますね。

 

自己否定感が強い人は物事を足し算で考えてみてはいかがでしょうか。

 

記事のまとめ
  • いかなる物事も何かしら得られるものがあり、足し算で考えることができる
  • 今の自分を受け入れ、将来のためにできる行動の試行回数を増やす
  • 自分にとって意味があると思うことができれば、それは意味のあること
  • 自己否定感は世間の目を気にすることで生じた思い込みの可能性がある
  • 物事を足し算で考えることができれば、自分の行動を肯定的に意味付けできる

 

今回の記事は、長いこと自分が自己否定感に悩み続けて導き出した思考法であり、万人に当てはまるとは限りません。

それでも、同じように悩む人の助けになれば幸いです。

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「さとり世代」と呼ばれる若者です。 なんでもやりたがり屋な性格のため、現在は投資を中心として、いろいろなことに挑戦しております。 人生の目標は、自分らしく自由に生きること! 趣味:読書、廃墟探索、史跡巡り、音楽鑑賞、サッカー観戦、英語学習 投資:FX(外国為替証拠金取引)、仮想通貨、インデックス投資、ETF(上場投資信託)