プライドが高いことにメリットないし生きづらいよ

管理人の little entrepreneur(@litpre_libelife)です。

 

ここ数年、人間関係等の様々なことで悩み、哲学や心理学、宗教の本を100冊以上読んだ末に見出した一つの真理がある。

それは、プライドが高いと総じて生き辛くなるということ。

 

 

 

プライドが自分を縛る

 

周囲を見渡しても、いつも眉間にシワを寄せて不機嫌な人の多くはプライドが高い。

 

プライドが高く、自分が絶対的に正しいと思い込んでいる人間は物事を柔軟に考えることができない。

そして、少しでも自分が信じてきた価値観が揺らぐと、防衛本能から意にそぐわない考えを排斥しようとする。

 

その手の人々の多くは世間の常識や「こうあるべき」という偏見に捉われている。

結果として、他者の価値観や新しい考え方を受け入れることができなくなり、ますます生き辛くなる。

 

 

厄介な承認欲求

 

プライドが高い背景にある厄介なものは、承認欲求だ。

 

既成概念に囚われる人は大抵の場合、他者が自分のことをどう思うかを過剰に気にする。

他人からよく思われたいと思うがあまり、世間の常識に沿い、「みんな」に認められようと躍起になる。

 

ただ、その常識の多くは「世間様は恐らくこう考えるだろう」という自意識過剰な妄想だ。

他者から見た自分を意識し過ぎると、世間から見てダメな部分・弱い自分を受け入れることができず、どんどんプライドが高くなる。

結果、常に自分が正しいと妄信し、それを他者にも押し付けるようになって、柔軟なモノの見方ができなくなる。

 

「正しさ」も行き過ぎれば只の攻撃になる。

参考:

自己正当化のために他人を否定する人の心理とは?攻撃的な性格の人への対処法

 

承認欲求を拗らせると不必要にプライドが高くなり、厄介な人格が形成されてしまう。

 

 

自他の「ありのまま」を受け入れる

 

自分が正しいと思うこと自体は一概に間違いとは言えない。

ただ、その価値観に固執して他者の考えを受け入れられない部分に問題がある。

 

世の中の物事の多くは本来、正解かそうでないか一括りにできるものではない。

自分に独自の考え方があるように、他者にもその人にしかない個性や価値観がある。

そして、それらが倫理的に誤った性質のものでなければ、最大限に尊重されて然るべきだ。

 

自分を信じることは大切だけど、他の人の「ありのまま」を認めることも同じくらい大切だ。

 

「正しさ」は時として暴力になるというのは、仏教の教えにも書かれている。

参考:

名言が豊富?「ひろさちや」さんの本「世捨て人のすすめ」を読んだ感想【ブログで内容紹介】

 

むしろ、他人の「ありのまま」を認めることができる器量を持った方が、変なプライドや常識に縛られることなく生きやすくなる。

 

ある意味で人を許せることは自分自身も許せることと同義だと思う。

 

 

海のように深く広い心

 

誰かに対して攻撃的な姿勢でいることは、自分にとって「正しくない」ことを許せないということ。

他者を許せないと、相手を断罪するために常に「正しい」自分でいなければいけなくなる。

それは、回り回って自分自身の行動を制限することにもなる。

誰かを攻撃するようでいて、実は結果的に自分自身を傷つけているから皮肉だ。

それでは自分も周りも不幸になる。

 

みんなで幸福になるには、自分を縛るプライドや偏った考え方を捨てることが望ましい。

自分の考えだけでなく、多様な価値観を受け入れる寛大さこそが必要ではないか。

 

海のように深く広い心を以て、他者を認める姿勢が生き辛さを克服する糸口になると確信している。

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「さとり世代」と呼ばれる若者です。 なんでもやりたがり屋な性格のため、現在は投資を中心として、いろいろなことに挑戦しております。 人生の目標は、自分らしく自由に生きること! 趣味:読書、廃墟探索、史跡巡り、音楽鑑賞、サッカー観戦、英語学習 投資:FX(外国為替証拠金取引)、仮想通貨、インデックス投資、ETF(上場投資信託)